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東京地方裁判所 平成10年(ワ)1657号 判決

原告 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 松井茂樹

被告 株式会社 B原

右代表者代表取締役 B山春夫

右訴訟代理人弁護士 髙橋勉

同 佐々木広行

被告 株式会社ジャパンエナジー

右代表者代表取締役 野見山昭彦

右訴訟代理人弁護士 内田晴康

同 松井秀樹

同 清水真

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金一三八二万五〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(いずれも平成一〇年二月五日であることが記録上明らかである。)から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言。

第二事案の概要

一  本件は、「被告株式会社B原(以下「被告B原」という。)が経営するガソリンスタンドにおいて、その従業員C川夏夫(以下「C川」という。)に、原告が購入し使用していた自動車(メルセデスベンツ)をオイル交換のため預け、オイル交換後に被告B原が原告のため保管中に、右自動車が盗難に遭った。」旨主張する原告が、オイル交換契約はオイル交換という事実行為の委任と自動車の保管契約を内容とする旨主張して、被告B原に対し、右契約上の債務不履行責任又は不法行為責任(被告B原経営のガソリンスタンドの事業執行中に、その従業員が右自動車を盗難場所に移動して駐車させながら、同被告の従業員が監視を怠った過失により盗難が発生したことによる使用者責任)に基づき損害(右盗難自動車に限りなく近いメルセデスベンツを購入した代金一二〇〇万円、右購入までの間の代車料一八〇万円、右自動車内の電話機盗難による事故負担金二万五〇〇〇円、慰謝料三〇〇万円、以上合計一六八二万五〇〇〇円の内金一三八二万五〇〇〇円)の賠償を求め、被告株式会社ジャパンエナジー(以下「被告ジャパンエナジー」という。)に対し、被告ら相互間の特約店関係等の契約内容からして被告ジャパンエナジーは被告B原の右に係る所為につき名板貸人の責任を負い、また、右契約内容からして支配関係等も認められることにより使用者責任も負う旨主張して、商法二三条の名板貸責任又は使用者責任に基づく損害賠償を求めている事案である。

二  当事者間に争いがない事実等(証拠及び弁論の全趣旨からして明らかな事実を含む。)

1  原告は、平成九年一〇月二八日午後九時三〇分頃、原告の肩書住所地の自宅から徒歩一、二分の距離に所在する被告B原の経営に係る「B田S・S」という名称のガソリンスタンド(以下「本件ガソリンスタンド」という。)に、オイル交換のため自家用自動車(当時、訴外株式会社D山川口(以下「訴外D山」という。)の所有者名義、訴外株式会社E田コーポレーション(以下「訴外E田」という。)の使用者名義で登録されていたメルセデスベンツで、登録番号は大宮《省略》。以下「本件自動車」という。)を搬入し、被告B原の従業員C川(当時二〇歳)に対し、本件自動車についてオイル交換を依頼し、「代金は三万円を超えるようであったら現金で支払う。」旨を述べ、キー付きのままの本件自動車と、カードと現金三〇〇〇円(以下「本件三〇〇〇円」という。)を預け、自宅に戻った。

2  C川において、右オイル交換の作業に約二〇分を要し、その作業が終わってオイルの交換場所から本件ガソリンスタンド内の別の場所に移動させた頃、原告が四人の友人を伴って本件ガソリンスタンドに戻ってきたので、C川は、原告に対し、右交換作業が終わったことを告げた上、本件三〇〇〇円を返そうとした。しかし、原告は、C川に対し、本件三〇〇〇円を小遣いとして受け取っておくように告げた上、この人ら(右友人四名)と飯を食ってくるから、もう少し置かせておいてよ。」と頼んだ。

3  一般的に、ガソリンスタンドでは、一日中自動車の出入りがあり、作業の邪魔にもなるので、顧客の自動車を預からないことにしており、本件ガソリンスタンドにおいても同様であって、顧客の自動車は預らないこととしており、かつ、「消防法により車はお預りできません」と朱書した掲示板を本件ガソリンスタンド内の見えやすい場所二箇所に設置していた。C川も右の取扱いについては熟知していた。

4  しかし、C川は、原告からキーは預らなかったものの、本件三〇〇〇円を受けとらされる形となったこと、原告が友人四名を伴っていたことに気後れしたことなどから、原告の右依頼を拒絶せず、原告がそのまま立ち去ってしまったので、結局、原告が本件自動車を搬出しないでそのままの場所に置いていくことを黙認する形となった。原告がそのようにして本件ガソリンスタンドを離れた時刻は、午後一〇時頃であった。

5  同日の深夜零時の少し前、C川は本件ガソリンスタンドの事務所で、その日の売上げを計算していた際、本件自動車が搬出されることに気づいたが、原告が搬出しているものと考え、「少しの間と言っていたのに随分時間が掛かったなあ」と感じたまま、事務所内にいた。その直後の午後一一時五五分頃、原告は、友人と共に本件ガソリンスタンドに戻り、本件自動車が置かれていた場所に本件自動車がないことを知り、事務所にいたC川に本件自動車について尋ねたことから、本件自動車が盗難(以下「本件盗難」という。)に遭ったことが分かり、すぐに近くの交番に届出をした。交番から戻った被告は、伝票にサインをし、オイル交換の代金を清算してカードの返却を受けた。なお、右サインが「A田」とされていたので、本件ガソリンスタンドの責任者らは「A田」というのが原告の氏であると判断していた。また、本件ガソリンスタンドには防犯カメラが設置されていたところ、本件盗難時のビデオテープは、交番に届けるということで、当夜、C川から原告の友人に交付された。

6  その後、原告は、被告B原に対し、会社事務所を訪ねたり、電話したりして、本件盗難についての弁償を求めたが、被告B原は、本件自動車を被告B原が預ったことになるのかどうか、本件自動車の所有者が真実原告であるのかどうかが明らかでないとして、示談しようとしなかった。

三  主たる争点

1  オイル交換に伴う自動車の保管に係る契約関係

(原告の主張)

オイル交換は、ガソリン、軽油の注入と異なり時間が掛かるので、多くの場合、持ち込まれた自動車をガソリンスタンドが預かり、従業員の手が空いた時に古いオイルを捨てて新しいオイルと交換する作業をするのが一般であるから、オイル交換契約は、オイル交換という事実行為の委託と自動車の保管契約を内容としており、時として時間に余裕のあるドライバーが当該ガソリンスタンド内で作業の終了を待っている場合があるものの、その場合でも保管契約が成立している。

そして、C川がオイル交換が終わったことを原告に告知したのみでは、受託事項の一部である作業の終了を伝えただけであって、原被告間の右契約関係は、オイル交換作業を終了させ、その内容を原告に確認させ、代金の決済を終了し、本件自動車の現実の占有が、キーの交付や、キーが付いたままであれば原告が自動車のドアを開けるなどして原告に移転したときに終了すると考えるべきである。

本件盗難時に本件自動車が所在した場所に本件自動車を移動させたのはC川であって、原告はオイル交換のため預けたのであって、ただ駐車のみを依頼したわけではない。そして、被告B原の従業員は右のようにキーを付けたままの本件自動車の監視をせず、右キーを利用されて窃取されたものである。なお、C川が被告B原の従業員としての行動中に、原告から個人的に本件自動車の寄託を受けたなどということはあり得ない。したがって、被告B原は、本件盗難について損害賠償責任を免れない。

(被告らの主張)

本件盗難の当夜、被告B原は、原告から、オイル交換作業の請負契約の申込みを受け、これを承諾してその作業を完了し、本件自動車の受取りに来た原告に、右終了を告げ、キーを付けたままの本件自動車が何時でも原告において乗り出すことができる状態にあることを示して、その占有を原告に移転したものである。

右時点において、右請負契約は終了しており、その時点までの間、原告から本件自動車についての寄託契約の申込みを受けた事実はない。

その後、原告からC川に対して「少しの間」本件自動車を置かせてほしいとの依頼があり、C川は、原告から本件三〇〇〇円を受け取らされ、原告が以前から本件ガソリンスタンドの従業員に恐れられている存在であったこと、代金支払時期との関係、その場に原告が友人四名を従えていたことなどから、やむを得ず、黙認する形で右を了承したものである。なお、その際、原告はC川に熟考する暇を与えぬようその場をそそくさと立ち去ったものである。そして、本件ガソリンスタンドには右二の3のとおりの掲示板があったのみならず、本件ガソリンスタンドの責任者である訴外D原秋夫は、本件盗難より以前に、原告から車両の預りを頼まれた際、本件ガソリンスタンドでは顧客の車両を預らない旨を告げており、原告はそのような本件ガソリンスタンドにおける取扱いを熟知していたものである。

加えて、C川がオイル交換の作業を終了した本件自動車を他の作業の邪魔にならないように移動したことは当然の措置であり、また、そのような自動車に顧客がすぐに帰れるようにキーを付けたままにしておくことも、どこのガソリンスタンドにおいても常態である。さらに、本件ガソリンスタンドにおいては、原告のように頻繁に利用する顧客については後払いも認めており、代金を支払うまでは自動車を返さないというような営業はしていない。しかも、原告は本件ガソリンスタンドの至近距離に居住していたものである。

右のとおりの事実関係においては、本件盗難について被告B原が損害賠償責任を負うことはあり得ない。

2  本件盗難時原告が本件自動車の所有権者であったか

(原告の主張)

原告は、平成八年六月七日、訴外E田から、訴外E田が所有者である訴外川口から所有名義を取得するとの約束の下に、本件自動車を購入し、本件盗難当時、これを使用していたものである。なお、訴外川口は、メルセデス・ベンツ・ジャパンが出資するメルセデスベンツの輸入代理店(正規のディーラー)であり、訴外E田が分割代金を完済するまでの間その所有名義に登録されていたままであったことは、国産車の購入の場合と同様である。

訴外E田が訴外川口から所有名義を取得しないうちに本件盗難が発生したので、原告は、訴外川口が交渉したところ、訴外株式会社ジャックス(以下「訴外ジャックス」という。)と交渉するように言われた。そこで、同社と交渉した結果、訴外E田は訴外川口から本件自動車を購入する際、代金一三二八万二〇二五円につき頭金を支払い、残金一一〇〇万円を訴外メルセデス・ベンツ・ファイナンス株式会社のオートローン契約を組み、訴外川口に代金全額を支払ったが、訴外ジャックスが保証受託会社となっており、右オートローン契約に違反して期限の利益を喪失したため、訴外ジャックスが訴外メルセデス・ベンツ・ファイナンス株式会社に保証債務の履行をしたことが判明した。そのため、原告は、訴外ジャックスと訴外E田の残債務についての減額交渉をし、原告が訴外ジャックスに四五〇万円を支払うことによって解決し、訴外ジャックス経由で、所有者登録を原告名義に移転する必要書類である譲渡証明書、委任状及び印鑑証明書の交付を受けたものであり、これらの書類によって原告の所有名義に変更登録したものである。右変更登録により、訴外E田の使用者登録が抹消されたが、訴外E田が原告に対する約束を履行不能としたことからして、右抹消は何ら問題とならない。

(被告らの主張)

原告は、平成八年六月に訴外E田から、その代表取締役A川松夫を通じて本件自動車を購入した旨主張するが、右A川は平成六年に訴外E田の代表取締役及び取締役を退任しており、何ら権限がなかったものである。なお、訴外E田は平成八年六月頃に倒産している。

原告は、被告B原との間の本件盗難に係る示談交渉の際、本件自動車を担保として預った旨主張しており、四〇〇万円の損害賠償を求めていたものである。そのことからしても、原告の主張は措信できないし、また、原告が本件盗難後に訴外ジャックスに四五〇万円を支払ったというのも奇異というべきであるが、いずれにしても、その際に原告は初めて訴外ジャックスから本件自動車の所有権を取得したものであって、それまで所有権を有していなかったことが明らかである。

したがって、原告は本件盗難につき所有権者として損害賠償を求める権利を有しないものである。

3  原告主張の損害及びその金額が相当かどうか

4  被告ジャパンエナジーの損害賠償責任に関する原告の主張の当否

5  本件盗難につき原告に過失があり過失相殺されるべきであるかどうか

第三当裁判所の判断

一  争点1について

事案の概要二記載の事実、《証拠省略》を総合すると、事案の概要二の1ないし5の事実に係る原告と被告B原との間の法律関係については、次のように見るのが相当である。

1  まず、本件盗難の当夜、午後九時三〇分頃、本件ガソリンスタンドにおいて、被告B原は、原告から、オイル交換作業についての契約の申込みを受け、これを承諾して、右作業のため本件自動車を一時的に預ったものであるが、右契約は、本件自動車のオイルを交換することを内容とする請負契約というべきであって(新しいオイルについての売買を含むと考えることも可能であるが、例えば、請負人が材料を提供する建築請負契約において右材料についての売買を格別に観念しないのと同様に見るべきであろう。)、その請負作業に必要な範囲で一時的に本件自動車を預るが、その保管中、もとより、被告B原は善良な管理者の注意をもって本件自動車の保管をすべき義務を負うものであるが、それは右のような請負契約に内包されている注意義務というべきであって、そのために格別の保管契約ないし寄託契約があるとまで見る必要はないというべきである。

2  そして、被告B原の従業員のC川は、右請負契約に係るオイル交換の作業を本件ガソリンスタンド内の所定の場所で完了し、本件自動車を本件ガソリンスタンド内の他の作業の邪魔にならないような場所に移転したところ、ちょうどその頃原告が来たので、本件自動車の受取りに来たものと考え、原告に対し、右作業の終了を告げたことについては、キーが付けたままの本件自動車を原告に引き渡したものと認めるのが相当である。

これを若干敷衍すると、《証拠省略》によれば、原告は本件ガソリンスタンドの至近距離に居住しており、本件自動車には原告が何時でも持ち帰ることができる状態でキーを付けたままにしてあったこと、本件ガソリンスタンドにおいては、原告のように頻繁に利用する顧客については後払いも認めており、代金を支払うまでは自動車を返さないというような営業はしていなかったこと、C川においても原告に対してそのような趣旨で応対していたものである(なお、前記認定のとおり、原告から既にカード等を預っていたものである。)こと、本件ガソリンスタンドには前記のとおり顧客の自動車は預らない旨を明記した掲示板があったのみならず、本件ガソリンスタンドの責任者である訴外D原秋夫は、本件盗難より以前に、原告から車両の預りを頼まれた際、本件ガソリンスタンドでは顧客の自動車を預らない旨を告げており、原告はそのような取扱いであることを知っていたことが認められるのであって、前記オイル交換に係る請負契約のため一時本件自動車を預った被告B原としては、右請負契約との関係上は、右C川の前記所為によって、原告が何時でも本件自動車を持ち帰ることができる状態にしてその旨を原告に告知したものであり、本件自動車の引渡しに関して他にすべき事務は何らあり得ないものであるから、右により右請負契約上被告B原がすべき一切の事務は完了したものというべきであり、一方、原告としては、代金の支払をすべき義務に加えて、本件自動車を本件ガソリンスタンドから搬出すべき義務を負うに至ったものというべきである。

原告は、C川が本件自動車のドアを開けるなどしなければ引渡しと認められないかのように主張するが、ドアを開けるなどといういわば一挙手一投足のサービス行為の有無によって引渡しの有無が左右されることはあり得ず、キー付きの本件自動車が何時でも搬出できる状態にあり、かつ何時でも搬出してよいことが告知されていれば、原告においては、事実上も法律上も、目前の本件自動車を何時でも搬出できることが可能であり、かつ搬出すべき義務を負う状態にあったことが明らかであったから、これをもって原告に占有が移転し引渡しがあったとするに十分というべきである。

3  もとより、本件における事実関係上の最大の問題は、前記C川の告知があった際に、原告が本件自動車を「少しの間置かせてほしい。」旨述べ、C川がこれを黙認する形で了承したことをどのように評価するか、そのような事実関係を考慮しても本件自動車の引渡しがあったといえるかどうかであって、原告の主張は、保管態様の連続性などからして、被告B原において原告に対し本件自動車を引き渡したことにならず、被告B原は依然として原告主張の契約に基づき本件自動車につき善良な管理者の注意を尽くすべき義務を負っていたというのである。

右については、前記認定事実、《証拠省略》によれば、本件ガソリンスタンドには前記の掲示板があり、顧客の車両を預らないという取扱いをしていたのみならず、原告はそのような取扱いであることを知っていたこと、ひいては、C川は、本件ガソリンスタンドにおけるガソリン等の給油作業、オイル交換等の作業に必要な範囲で一時的に顧客の自動車を預かることのほかには、顧客の自動車を本件ガソリンスタンド内において預かる権原がなく、原告においてもそのことを知っていたというべきであること、それにもかかわらず、原告はC川に対し本件自動車を「少しの間置かせてほしい。」旨を述べ、C川においてこれを黙認する形で了承したものであるが、それは、C川において、原告が二〇歳代で職業が明らかでないのに日頃頻繁に種々の高級自動車に乗り換え本件ガソリンスタンドに来ていたことなどを見聞きし、原告に対して漠然たる畏怖心を抱いていたこと、折柄夜間原告が友人四人を同道していたこと、原告から本件三〇〇〇円を受け取らされた形となってしまったこと、原告がC川に熟考する暇を与えようとせずにその場を立ち去ってしまったことなどから、やむを得ず原告が本件自動車を本件ガソリンスタンドに置いていくことを黙認する形となってしまったにとどまることなどの事情が認められる。

これらの事情を総合すると、右原告とC川との問答、応対をもって、原告と被告B原との間に新規に格別の契約関係が生じたとすることはできない(原告も新規に契約が成立したとの主張はしていない。)のみならず、C川において本件自動車を原告に引き渡すことを中断したと見ることもできず、右問答は、結局、本件自動車の引渡しを受けた原告としては、本件ガソリンスタンドから本件自動車を搬出しなければならない立場にあったのに、C川に対して、その個人的な事実上の好意として、友人と食事をする少しの間、本件自動車を本件ガソリンスタンドから搬出しないでおくという便宜的な措置を求め、右搬出を事実上暫時猶予してもらったにすぎないものと見るのが相当である。

したがって、右の問答、応対をもって、いまだ原告に対して本件自動車が引き渡されていないと見ることはできない。

4  そうすると、右認定に係る引渡し後においては、原告と被告B原との間に本件自動車の保管に関して原告主張のような契約関係があったとはいえないから、本件盗難時に原告主張のような契約上の保管義務があったことを前提とする原告の被告B原に対する損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないに帰する。

5  なお、事案によって付言するに、前記認定事実、前記検討結果、《証拠省略》からすれば、原告とC川との間においても、原告が約二時間も本件自動車を本件ガソリンスタンド内にキー付きのまま置いていたことに伴う危険についての責任は原告が負うものというべきである。

もとより、C川においても、好意として前記のとおりの黙認をした以上、前記「少しの間」、信義則上何らかの軽微な監視管理義務を負うといえないわけではなく、少なくともC川に重大な過失がある場合には、C川に損害賠償責任が生じる可能性があるというべきである。しかし、前記認定事実、《証拠省略》によれば、C川はその後本件自動車につき何ら監視していなかったというわけではなく、本件自動車が本件ガソリスタンドから搬出されることを認識していたのであって、前記問答からして原告の食事時間が長いとの感想を抱きつつ、右搬出は当然原告によってされたものと誤解してしまったものである。そして、ほぼその直後に原告及びその友人が本件ガソリンスタンドに戻ってきて、直ちに盗難されたことが分かったものであるが、「少しの間」「食事のため」などという前記問答などからして、C川が右のように誤解したことには理由がなかったわけではなく、本件盗難についてC川に落度があったとは本件の全証拠によっても容易に認め難く、少なくとも重大な過失のなかったことは明らかというべきである。

すなわち、前記認定事実、前記検討結果、《証拠省略》を総合すると、本件盗難については、本件ガソリンスタンドが、一般的に自動車の保管管理を業務としている駐車場でないというにとどまらず、顧客の自動車は預らないという明確な取扱いをしており、ひいては従業員のC川についても、本件ガソリスタンドにおいて顧客の自動車を保管することを禁止しており、そのような取扱いであることを知りながら、あえて「少しの間」と言ってその後約二時間もキー付きのまま本件自動車を置き、搬出しようとしなかった原告が専らその責任を負うべきものと見るのが相当であり、C川を非難するのは失当であって、C川には前記のような信義則上の注意義務に違反した落度がいまだ認められないというべきである。

そして、仮に右につきC川に落度があったとしても、本件ガソリンスタンドにおいては顧客の自動車を預らない取扱いであることを知っていた原告としては、前記C川の黙認をもって被告B原の事業の執行としてされたと主張することはできないものというべきである。

6  したがって、本件盗難につき、被告B原の事業の執行中にその従業員が不法行為をしたことが認められないに帰するから、被告B原がその使用者責任として損害賠償責任を負うということもない。

二  争点2について

1  本件の全証拠によっても、訴外E田が本件自動車の所有権を取得したことが認められないから、訴外E田と原告との間の契約関係の存否、内容について検討するまでもなく、本件盗難の時点において原告が本件自動車の所有権を取得していたとは認められない。原告は、その主張に係る本件盗難後の訴外ジャックスとの間の合意によって本件自動車の所有権を取得したものというほかない(なお、盗難に遭った自動車の所有権を四五〇万円もの出捐をして取得するということについては、些か奇異といわざるを得ないが、右認定を妨げるものではない。)。

よって、本件盗難の時点において原告が本件自動車の所有権を取得していたことを前提とする原告の損害賠償請求は理由がない。

2  もっとも、《証拠省略》によれば、本件盗難当時、原告が本件自動車につき何らかの権利を有していたのではないかとうかがわれないわけではないが、訴外E田は結局本件自動車についての購入者としての権利を失ったものであり、本件盗難時点においては、原告と訴外E田との間に原告主張の売買があったとしても、原告は右のような訴外E田の権利の全部ないし一部を承継取得していたにとどまる。そして、本件の全証拠によっても訴外E田から原告への右承継に係る権利内容等については必ずしも明確でないといわざるを得ない(前記のとおり、原告は本件盗難後に初めて訴外E田と訴外川口との間の取引内容を知った旨自ら主張しているところ、原告主張のような高級自動車を正規のディーラー以外の者から購入するのであれば、その転売者(本件においては訴外E田)がその権利を有することを十分に確認するのが通常であるのに、原告においてはそのような作業を全くしていなかったことがうかがわれる。そうであれば、被告らの主張のとおり、原告は担保として預っていた疑いが十分にあるところ、原告はこれを否定し、右の被担保債権の発生原因、被担保債権の内容及びその金額などの点について何ら主張立証しない。)から、結局、原告が本件盗難によってどのような損害を受け、その金額が幾らであるのかについて、証明がないに帰する。

三  以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告B原に対する損害賠償請求はいずれも理由がなく、ひいては、被告ジャパンエナジーに対する損害賠償請求についても、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも認容する余地がないに帰する。

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤剛)

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